
公開日 2026.06.11
AT THE CORE
ひとつ1つのピースに宿る、デザイナーの思考と所作の記憶。
そのレイヤーをたどった先にJOHN MASON SMITH / JANE SMITHの核が静かに姿を現す。
積み重なった時間のなかで息づく、自分たち“らしさ”。
その手ざわりを、さまざまな角度から紐解きながら、いまを見つめていく。
Tシャツをキャンバスに見立て、 アーティストとJOHN MASON SMITH / JANE SMITH のまなざしがそっと重なり合う「THE ARTIST.」
2018年からスタートしたこの企画は、互いの感性が溶け合い、新たなひとつの景色を生み出してきた。
今回フォーカスするのは、カリフォルニア州サンノゼ出身の写真家 ジャイ・タンジュ。
今シーズン初めてタッグを組んだジャイとの一枚は、彼の人生において軸となる言葉を写真とともに表現した。
スケートカルチャーとともにかたちづくられた彼の視点。その奥に流れる時間をたどりながら、プリントに宿るストーリーを紐解いていく。

Jai Tanju ジェイ・タンジュ
カリフォルニア州サンノゼを拠点とするアメリカの写真家、スケーター。
1968年ニューヨークに生まれ、10代でスケートボードに没頭。
20代から本格的に写真を始め、『Slap』や『Thrasher』など数々のスケート専門誌で活躍するようになる。アナログのフィルム撮影を貫いており、スケートのトリックそのものだけでなく、スケーターたちの飾らない日常やツアーの裏側、仲間との親密な空気感を切り取る生々しいドキュメンタリースタイルの作品で広く知られている。
また、個人的な創作にとどまらず、コミュニティへの貢献も大きい。
世界中の人々と写真を郵送で交換する「Print Exchange Program」を長年主宰しているほか、サンノゼで「Seeing Things Gallery」を運営。
スケートボードやDIYカルチャーに根ざしたアーティストに表現の場を提供し続けるなど、ストリートカルチャーにおいて重要な役割を担っている。
ーまず、あなたが写真を始めた背景から教えてもらえますか。
僕が写真を始めたきっかけは、80年代後半にまで遡る。高校卒業後、兄と叔父が住んでいたこともあって、マウイに3年間暮らしていたんだよね。当時はサーフィンに夢中で、大学に行かずに済むし、とにかく波に乗れる——そんな単純な理由からだった。
そのあと、1990年に地元のサンノゼへ戻ると、母から「家に住みたいなら、学校へ行って働きなさい」と言われて、コミュニティカレッジに通うことになったんだ。そこで写真の授業を受けたのが、写真に触れた初めてのタイミング。ただ、成績は“D”。当時は写真を仕事にしようとはまったく思っていなかった。
そんな僕が写真に魅せられたきっかけとなったのは、友人のジェイソン・アダムスのことを撮影していたトビン・イェランドの存在が大きい。その当時、ジェイソン・アダムスはスポンサーがついていて、プロ目前。その彼を撮影するために『Transworld Skateboard Magazine』のクルーが地元にやってきたんだけど、そのときのフォトグラファーがトビンだったんだ。
撮影中の彼の動きや、スケーターたちとの関わり方がとにかくクールで。その一日で、「自分もスケート写真を撮りたい」と思うようになったんだ。数ヶ月後、その日のジェイソンの写真が雑誌にフルページで掲載され、その仕上がりに衝撃を受けて、そこから本気で写真に取り組み始めたんだ。
ありがとう、トビン。

ーそうしてスケートシーンのフォトグラファーとして活動をスタートさせたのですね。あなたにとってスケートボードはどんな存在なのでしょうか。
スケートボードは僕にとってすべて。キャリアの始まりでもあるし、今も滑っているし、ずっと追いかけているもの。
『Thrasher』や『2001』、『Closer』といった雑誌も読み続けているし、僕はスケートフォトグラファーであり続けたいと思っている。カメラがあってもなくてもその視点で世界を見ていたい。
縁石や溝、バンク、プールみたいな“滑れる場所”を探す眼を持って育ったことが、常に何かを見つけようとする視点を僕に与えてくれた。
その眼は、ストリートやドキュメンタリー、ライブ、アートなど、スケート以外の世界を撮るときにも大きく活きているんだ。この“スケート的な“レンズ”を持たずに写真を始めた人たちを、少し気の毒に思うこともあるくらい。それほど、スケートボードは世界の見方を豊かにしてくれるギフトなんだ。
ありがとう、スケートボード。
ーあなたが何を見い出し、どのようなインスピレーションを得たときに、シャッターを切るという衝動が生まれるのか教えてください。
インスピレーションはさまざまな形でやってくる。たいていは、街中で見かける「場違いなもの」や「逆さまなもの」といったちょっとした違和感。
僕は半ブロック先からでもそれに気づいてしまって、自転車で事故を起こしそうになるくらい、つい気を取られてしまうんだ。
ただ、自分の動きが遅いこともあって、瞬間を捉えるのはあまり得意じゃない。一度立ち止まって呼吸をして、もう一度見てからシャッターを切るようにしているよ。
もうひとつは、よりアーティスティックなアプローチで、場所や人に惹かれてプロジェクトとして取り組む場合。それから、「こういう写真を撮りたい」というアイデアから始まる作品もある。これは構想にも実現にも時間がかかるかな。
スケートフォトグラファーだった頃は、よくこの方法で撮っていた。たとえば、カラフルな彫像や、ビルに反射した光が美しくスポットを照らしているような、視覚的に魅力のある場所を見つけて、そこに合うスケーターを待って撮る。うまくいかないこともあるけれど、ハマったときは本当に魔法みたいな瞬間になるんだ。

ー今、話していたプロジェクト単位の作品について教えてください。「P.E.P(プリント交換プログラム)」での取り組みや、平野太呂さんとの二重露光の写真集を拝見して、あなたの作品は誰かと関係を結ぶ手段としても機能しているのだろうと感じました。 それについてはどう思いますか?
P.E.P.(プリント交換プログラム)や、太呂との二重露光の本「EXCHANGE」は、まさに人間関係と友情についてのプロジェクト。スケートの世界では、ボードの上でも外でも一緒に過ごす時間や互いへのリスペクトによって自然と強い絆が生まれるんだ。
その関係性があるからこそ、一緒に良いものを生み出せると思っている。僕はインターネットやYouTubeなどのチュートリアルがない時代に始めたから、仲間から学ぶしかなかった。
ありがとう、みんな。
それぞれの取り組みについて話すと、P.E.P.は、60年代のコラージュ作家レイ・ジョンソンのドキュメンタリー『How to Draw a Bunny』に影響を受けた。彼の「郵送によるアート交換」に着想を得てスタートしたもので、自分にとってこれまでの人生で最も重要な活動のひとつかな。
20年経った今でも大切な存在で、これによって世界中の写真家たちと特別な形で強い友情を築くことができたんだ。
太呂との二重露光はP.E.P.の延長線上にあるもので、とても満足感のある制作なんだ。
フィルムを一本撮って、何も説明せずに別の写真家に送る。受け取った人がその上から撮る。結果は予測不能で、うまくいくときもあればそうでないときもあるけれど、それが楽しい。
他の多くのP.E.P.メンバーともこのプロジェクトを行っていて、現在はジョー・ブルック、マット・シャーキーとの3人による二重露光の本を制作しているんだ。
ーあなたは90年代頃から活動し、SNSやスマートフォンの普及によって、写真の在り方も大きく変化してきたかと思います。
そうした変化の中で、写真の価値や役割はどのように変わったと感じていますか?
SNSやスマートフォンによって写真が大きく変わったのは確かだけれど、僕はそれについて語れるほど賢くない。
自分も、最初はデジタルカメラに抵抗して必死に抗ったけど……負けた。そこからデジタルを受け入れ、時々使うこともある。
けどやっぱりどこか無機質で満たされない感覚があるんだよね。その一方で、フィルムで撮って、現像をしてプリントするたびに、「自分にはこれだ」と思える。やっぱり古いカメラとフィルムでしか出せない質感や空気があって、それに人はちゃんと反応してくれると感じているよ。
いま、SNSが終わりに向かっている、あるいは自滅しつつあるようにも見える。そこにAIも加わって、状況はさらに加速していくのかもしれない。
これから何が来るのかはわからないけれど、それは見てのお楽しみだね。ただ、人々が求めているのは、いわゆる“AIが量産したようなもの”ではなくて、よりオリジナリティのあるものになってきている気がするな。

ー最近の活動についても教えてくれますか。とくに関心を寄せていることや、今後考えているプロジェクトがあれば、併せてお聞かせください。
最近は、自分のアーカイブを見返して面白い要素を見つけたり、ジンを作ったり、子ども用のシールプリンターでコラージュを作ったりしている。
ここには書けないようなことも含めて、僕は早くから色々とやりすぎて成長が止まったのかもしれない。
けど、そのおかげで子どものような創造性や遊び心が残っていると思う。今の自分について言えば、年々カメラの使い方がわからなくなっている気がしていて、一時は正気を失ったか、能力が衰えたのかと思っていた。けど、写真はなぜか良くなっている。
その理由がわからないので、その感覚に身を任せ、創造的な衝動を解放しているんだ。
あと、古いハードドライブから見つけた旅の記録や数本のフィルムをまとめたジンを毎月制作していて、それがとても大きな満足感につながっているんだ。
古い格言に「森の中で木が倒れたとき、誰も見ていなければそれは起きたと言えるのか?」というものがある。
自身にその言葉を変換すると「写真を撮っても、ネガやハードドライブが、クローゼットの箱の中に眠っていたらそれは存在するのか?」ということ。自分にとっては存在するけど、他の人にはそれは見えない。だから24〜32ページの小さなジンを作って、友人や仲間、家族に配る、あるいは少しだけ販売することにしたんだ。
2007年に出した『With a camera from Marc』は、2027年で20周年なので再編集しようと考えている。それも楽しみなことのひとつかな。
ー今回のコラボレーションについても教えてください。「THE ARTIST」では、Tシャツがあなたのキャンバスになります。ファッション・文化・アートの関係をどのように捉えていますか?
「THE ARTIST.」として、価値を理解してくれるブランドとコラボレーションできるのは、非常に光栄なこと。
僕自身のワードローブにもこうしたTシャツがたくさんあるけれど、引き出しの奥からしばらく着ていなかったシャツを見つけ出して、それを着た時の周りの反応を見るのはいつだって最高なんだ。こういった取り組みの可能性は無限大だと感じたよ。
ありがとう、JOHN MASON SMITH / JANE SMITH!

ー今回のコラボレーションにあたり、以下の言葉を書き下ろされています。
「Down there, cut on the street. I can see the air, I can see the heat」、「IF THAT WHAT THEY CALL NORMAL THEN iD RATHER BE INSANE」。
これらの言葉を落とし込んだ背景について教えてください。
Tシャツに書いた言葉についてだけど、これは自分の言葉ではない。僕自身がそこから意味や楽しさを受け取ったように、他の誰かにも何かを感じてほしいと思って借りたものなんだ。
まず、なぜ僕がこうした言葉に出会い、写真に取り入れるようになったのかを説明させてほしい。
2012年、妻とサンノゼで「Seeing Things」という小さなギャラリーを始めたころ。ギャラリーに集中するため、スケート写真以外の仕事が必要になって、従兄弟のレストランで週7日、午前4時から午後1時まで働いていた。
仕事の後は犬のフリーダを連れて午後7時までギャラリーにいるーー。そんな生活だった。
レストランの仕事中はほとんど一人だったので、音楽を聴きながらギャラリーのTo-Doリストやアート写真のアイデアをノートに書き留めていた。
一年経つと、友人たちやスケートの撮影、街で人生を切り取る感覚が恋しくなってきて。写真は撮っていたけど、ギャラリーに来る人たちのポートレートが中心で、「これらの写真にはなにも語ってない」と感じてしまって、一種のスランプの状態だったんだ。
僕はもともと流行の最前線にいるタイプではなくて、音楽の趣味もずっと80年代のまま。
当時はFugazi、The Clash、Operation Ivy、The Minutemenなどを繰り返し聴いていた。彼らの言葉はとても力強くて、30年以上経った今でも響くものだったんだ。
そこで、そうした曲の歌詞を使って、自分の写真で何かを表現しようと思いついたんだよね。
ある友人の写真家が、コンタクトシートを使って、ひとつのものを繰り返し撮影して、一枚の写真を作るという実験的なクリエイションをしていて。
そのアイディアをヒントに、音楽から拾い上げた言葉を36枚撮りのコンタクトシートの中で構成していく方法を思いついた。
文字を探し出して撮る、いわば“宝探し”のようなやり方。形にするまでには時間がかかったけど、一年ほどでその方法が自分のものになって、日々街に出て、言葉を構成するための文字を探し続けるようになった。
その手法を見つけたときは最高な気分で、脳からはプールのグラインドのように次々と創造的なアイデアが溢れ出したよ。

今回のコラボレーションの言葉の背景にあるのは、当時の僕の人生を支えていた音楽から。
“IF THAT WHAT THEY CALL NORMAL THEN I’D RATHER BE INSANE” (それが普通だと言うなら、俺は狂っている方がいい)は、Operation Ivyの「Here We Go Again」。
“Down there, on the street. I can see the air, I can see the heat.” (通りに走る裂け目。揺れる空気と、燃える熱が見える)は、同バンドの「Bad Town」。
僕はただ、自分がシャツの上で見たい言葉を提示させてもらったけど、それを見た誰かが「どういう意味だろう?」と、この曲に辿り着いてくれることを願っているよ。
ー最後に、このインタビューを読んでいる方々、そして JOHN MASON SMITH / JANE SMITH とのアーティストコラボレーションを楽しみにしている方々へ、メッセージをお願いします。
FugaziやOperation Ivy、The Minutemenを聴いてみてほしい。何度も繰り返し聴き、歌詞を追いながら、さらに写真集やアートブックを眺めながら聴いてみてほしい。
写真を撮り、物語を書き、落書きをし、コラージュを作る。お気に入りの音楽を聴いて、その歌詞に耳を澄ませる。本を読み、海や近所の噴水に飛び込む……。
自分が慣れ切った環境から抜け出すために、何でもやってみてほしい。そして、ジョー・ストラマーのこの言葉を覚えておいて。
「自分が生きていることを忘れるな。街を歩いていて気分が最悪な時でも、“待てよ、俺たちは生きてるんだ”と思い出せ。次の瞬間に何が起こるかなんて誰にもわからない。それって本当に素晴らしいことなんだ」
そして、JOHN MASON SMITH / JANE SMITHのように、あえて他とは違う、面白いことを追求するブランドを応援してほしい。
